土曜日, 8月 15, 2009

Bremenからこんにちは(7)うれしいこといっぱい。


キャラバンが終わって一週間が経とうとしています。なんだかぼーっとした感じです。急に寂しくなって、やる事が増えたような減ったような、でもなんだか進まなかったり・・。
この1週間に取り戻した現実。1)教会のシニアクラスへの再参加。なんでも12日の水曜日はブレーマーハーフェンへの船旅が企画されていたようで、飛び入り参加させてもらいました。私の船賃は誰かのお財布から捻出されたようです??(いつもごめんなさい)2)キャラバン中に電話がかかってきて約束。シニアの方の91歳の誕生会へ招待。ウェーザー川沿いの夏の家で祝いの会。3)そうそうキャラバン中のショーで痛めた足を診てもらうために医者に。火曜木曜の2日。外科は超忙しそうで、診察時間なんて数十秒。なのに結構な額を後日請求されるんだろうな。ま、痛みはなくなったからいいですが、ごっついサポーターをつけ続ける必要があるらしい。1ヶ月。自分でも変な体勢で足を使い過ぎの間があったのでこれで矯正するのもいいでしょうか。4)大聖堂ミュージアムの見張り番として再始動。日本の監視役的に座っていたら、もっと動き回って!と駄目出し。でも名札をつけて座っているだけで、結構声をかけられるので驚き。久しぶりで展示の事すっかり頭から飛んでいました。取り戻さねば。
と、こんな感じの一週間。
そしてキャラバンのみんなが、あの団体生活を懐かしがっていることも、メールや電話やらで知りました。さて、15日土曜日は、恒例のキャラバン集会です。キャラバン直後の土曜日なので開催されないかも?と思いましたが、とりあえず出かけると・・やはり誰もいない。幸い代表が、ひとりで茶を飲むべく事務所を開けていたので中に入れましたが・・。・・と思っていると遅れて、数人。いつも土曜日は話し合い&食事をするので、ご飯を食べにくるだけの人もいるのです。ということで数人集まったので、かなり遅い時間からではありましたが食事だけみんなで作って食べる事に。みんな、この場所を求めている事、安らぎを得に来ている事、そんな風に感じて嬉しくなりました。今後も毎週土曜日は集会ですし、寄り合い的会議は水曜日に開催されているらしい・・です。聞きたかったらおいで、とのことなので、ちらりと顔を出してみようかと思います。
そしてその後は、ブレーメンの夏のイベント「LA STRADA」。サーカスなどのイベント、出し物が市の中心部マルクトプラッツ中心に、いくつものステージで披露されます。別に何もなければスルーするイベントですが、カーニバルでお世話になっているグループのステージがあるので写真撮影&ご挨拶に。今回は通常10人ほどはいるメンバーの中で4人だけの出演。なので、周りにメンバーの人が一般観客として参加。久しぶりの顔にまたまたいっぱい会いましてご挨拶。そこで仕入れた情報によると、もうそろそろ来年1月のカーニバルに付いて本格的に話し合いが始まっている、のだそうです。この会議は火曜日。火曜日はあいにく私にとり最優先のクワイア練習。カーニバルへの参加はコスチューム作りの作業所などなどだけになりそうです。
さて、はっきりいってやる事いっぱいいっぱい増えてきました。私は一人。体も一つ。24時間しかありません。できることとできないことをしっかり見極めて判断していく必要があるなあ、と感じます。何でもかんでも手当たり次第やれる時期は過ぎた、と。
ただ、知り合いが増え、誘いが増え、可能性が広がっても、決して忘れてはいけない事は、その大元にある事。日本でゴスペルを始めた事、教会を知った事、こちらですばらしいクワイアと教会にであった事、この基盤があるからこそ、私は安心して、その他の事にも取り組めるということを肝に銘じなければいけません。
いつものことですが、感謝します。 そして明日は久しぶりの礼拝です。感謝します。

日曜日, 8月 09, 2009

Bremenからこんにちは(6)すべて終了。



3週間のキャラバン生活を終え、ブレーメンを拠点にした活動を終え、これですべてのプログラムが終了しました。参加前も、参加後も、この団体の活動方針を説明しろ!と言われたら、日本語でも上手く説明できませんが、(なんだか幅広すぎて・・)この旅が私にもたらしたものは、自分でも驚くくらい大きなものでした。
自分が一番驚いているのではないでしょうか。私は小さな小さな一人の人間です。なのに、自分が人にもたらしたもの、この団体にもたらしたものはとても大きかったようなのです。特別な事をした訳ではありません。ただ、私に出来る事を出来る範囲でやっただけ。そりゃあ少しは役に立ちたいという気持ちは十分にありました。なんせ、3週間ほぼただで食住満たしてもらっていたので。でも、「出来る事は精一杯こなそう」という気持ちが自然と湧いて来て、損得勘定無しに、気持ちよく働くことができたのです。働くだけではなく、団体の個々の活動にしろ、気持ちよく参加しました。
ややこしい心理作戦や、計算高い行動などは一切なく、心の赴くままに行動できた(この言葉が“私”という人間から出ること自体が不思議です。)結果、相当の軌跡を団体の活動に刻んだようです。
今回のキャラバンは私無しには成り立たず、深い印象を残し、今回のキャラバンの星!とまでの団体代表のお言葉を頂き、自分のパワーに自分が一番驚いています。
こんなに人に愛される人間だったでしょうか?こんなに愛される資格が私にはあるのでしょうか?
ドイツに来て私は本当に、良い方向へ転換したのかもしれません。
料理当番に「おいしい夕飯をありがとう」と言ったら、「食べてくれてありがとう。そしてその笑顔にありがとう」と返答。「私が 笑顔???」。日本にいたとき、親にさんざん言われていました。「恐い顔ばかりせず、笑っていろ」と。笑顔など忘れていたのに、ここではどうやら自然と笑顔がでているようなのです。そして人が集ってくれます。日本人であることの珍しさ抜きに、私がどうやら“あたたかいもの”を提供しているようなのです。
自分が一番信じられません。氷のような心しかなかったはずなのに、今の私の心はとっても豊かで温かいようなのです。不思議不思議不思議。
「人は変えられないけど、自分は変われる」。これも親にさんざん言われたことです。変わる必要ないと思ってました。冷たくって、人生斜めに見て、バリアを張って、強く(強がって?)生きて行ける自分が誇らしくもありました。でも、変わったつもりはないのに、自然に私は変わったようです。自分の居場所であるところを見つければ、人って変われるんですね。そう思います。無理に変わらなくても、意識しなくても。
ドイツで起こった事は、教会の事もクワイアの事も、キャラバンの(この団体のことも)奇跡のようです。ブレーメンでのプログラム中に、キャラバン参加者が、この数週間に及ぶ旅行の印象や活動内容などを説明しました。私もなぜか、その使命を課せられ、間違いだらけのドイツ語で用意もしていなかったのに、人前で、しかもマイクで話すはめになったのですが、「私が、何故ここにいるのか自分でもよく分かりません。ただここに居る事が奇跡のよう」と話しました。続いて、「昨日船の上で“私は生きている”と思いました」と話すと笑いが・・。大げさだったからでしょう。でも付け加えて、「10年以上ドイツに来る事を夢見ていました。でも機会がなく、昨年やっとその夢を叶えました。日本に居る時、病気を抱えており、一度死にたいと思った事がありました。だから、生きていることがすばらしい、と思ったのです」(注;ドイツ語で喋っているので、これは私が話したかった内容であり、もしかしたら、全然別の意味で解釈された可能性もあり)と話しました。正直な気持ちでした。当然のように苦しかった過去10年を思い出すとともに、生きている事、そこにいる事を思って泣いてしまったのですが、一応皆に私の気持ちは伝わったようでした。
ドイツに来てから奇跡ばかりです。人に助けられ、助けてもらっているだけのように見えて、実はしっかり人を助けている・・という生活。不思議ばかり。

ドイツに来て本当に良かった。仕事を辞め、将来の展望もなく、あてもなくドイツに来たけれど、それは、何故自分が10年以上もドイツにこだわり、ドイツを適えるまでは、他の事を続けてやる気にはなれない、それはなぜか、ドイツに何があるのか、何が私をドイツにこだわらせ続けるのか、その答えが知りたかった。その気持ちに背かずに、思い切ってドイツ行きを決断して本当に良かった、そう思います。残念ながら、“答え”は分からないけれど、私の今の気持ちが、私の決断が間違っていなかった事を証明している気がします。

30年の人生のうち、10年苦しみました。体に少しの“ガタ”は残っているし、病気は完治したとは言えないけれど、今、今までで最高に幸せな瞬間だと思います。そして、私はもっと生きたい。生きて行く中で、今後何度も、闇の時期を体験するかもしれません。それをどう乗り切るか、乗り越えられるのか、は分かりませんが、その闇は、かなり“人間的に成長した自分”で立ち向かえそうです。

キャラバン締めのブログが大げさになりましたが、(また今後もキャラバンの活動を続けていくので話題には上るでしょうし、今日から一人になって寂しくなって、キャラバンの思い出ばかりブログに綴るかもしれませんが)とにかく、終了です。

私をキャラバンに導いてくれたオットー、金の心配をせずに参加してね、といってくれた代表クラウスとみんなのお母さんアネ、劇グループのみんな・・・ラインホルド、アーノルド、アンディ、イエンツ、ハンチユーゲン、ミヒャエル、クリステル、ウウ゛ェ、パトリシア、劇指導の俳優マテン、太鼓グループのみんな・・ディートリフ、ウレ、ネレ、クララとリーダーのイラン人モッサン、私を見て、「おしんを見つけた」と喜んだイラン人ジャワット、ベリリンからずっと旅したベルリン市民ジモーネ、ウルリケ、ロタ、アンドレ、荷物をトラックで延々運んでくれたペーター、船が恋人〜〜のように船といつも会話してしていたキャラバン実質リーダー フィッツやラレ、おいしい料理を作ってくれた人、私がレイアウトするための旅新聞のための記事を書いてくれたマルコ、写真を撮るために一緒に旅したグレゴリー、フォルムチームのアネ、ブレン、テディ、各都市のプログラム遂行に当たり準備をしてくれた人、私がこの旅で関わった人々パウラ、リリー、クイニー、ビルギット、シャルロット、ラス、グレゴ、ユーゲン、マノエラ、ザビーネ、ホルガ、アンデレア、ヴォルフガング、ヘルガ、レインハルド・・その他いっぱい・・・(書き漏れがあったらごめんなさい)のすべての人々とすべての体験に心から感謝します。

金曜日, 8月 07, 2009

Bremenからこんにちは(5-番外その2)Bremenからではないですが・・・。






Bremenからこんにちは(5-番外)Bremenからではないですが・・・。






写真・・。

Bremenからこんにちは(5-終)Bremenからではないですが・・・。



はっきりいって7月18日から8月6日まで、活動最終日までだと8月9日まで3週間にわたる旅でしたが、拠点は3カ所で移動は多くなく、スケジュールも余裕があり、こういう仲間との生活だったので、ストレスを貯める事なく生活できました。テスト後、参加前から原因不明の下痢に悩まされ、一週間ほど続いたり、足を酷く虫にさされたり、疲れで口内炎ができて未だに治らなかったり、足をくじいて痛かったり、喉が痛かったり、睡眠不足でふらふらの日があったり、いろいろでしたが、無償でいろいろさせてもらっているから、ということもありますが、私にできることは何でもしよう!という気にさせてくれます。そして思い出しました。
親が私が生き方に迷って、高校を辞めてドイツに行くと言ったり、なのに大学で中国語を始め、留学したり、卒業後プーやフリーター的生活だったり、シンガポールで働いたり、そして日本で精神的にかなり限界に近くなりながら(病気で。仕事の所為ではない)働いていたり、で結局何がしたいのか見つからず、(というかいつまでもドイツが引っかかり、前に進めないし、自分自身の進んでいる方向に自分で納得できていない)、イライラしているのを見て、「なんでもいろいろ器用にこなすのに、もったいないなあ。どこか能力が発揮できるところがあればいいのに」と親ばかのように言っていましたが、親がいろいろ幼い頃から経験させてくれたおかげでもあるのでしょうが・・。そうやっていろいろ出来る事が、ここで遺憾なく発揮されている気がするのです。(自分で言うのもなんですが、)かなり気が利く事、バタバタ忙しく動ける事、分からないながらもいろいろ想像して動けること、を始め、私が少し出来ること、例えば歌を歌う事とか楽譜を見る事、とか・・新聞とかのレイアウトを取る事、とかがかなり役立っているのです。言葉の壁を抜きに、頼られているのを感じます。それは時には重圧でもあるけれど、大変光栄な事でもあります。
ブレーメンでの4日間をまだ残していますが、とりあえずブレーメンに戻ってきました。また一人の生活が始まるかと思うと大変寂しくもあります。大半の参加者がブレーメンの人間ではあるし、Blaue Karawane の拠点はずっとブレーメンにあるし、劇のグループは解散せずに続けよう!という話もありますが、大きな物がかけてしまうようで寂しいです。どんな最後になるんだろう。涙・涙かな??とにかく、感謝感謝でいっぱいです。