水曜日, 10月 07, 2009

Bremenからこんにちは(21)パン屋



ドイツでパン屋のパン焼きは職人です。しっかり修行を積んだ職人。なんでもユルゲン・クリンスマンたるサッカー選手がその職人の資格を持ち、実家がパン屋を営んでいるということで、それを見て来て!と指令を受けました。場所はStuttgart。ブレーメンを遠く離れた南の方。話を受けたのは大分前。その時は、「往復の電車代だけでひと月の生活費に当たる可能性あり」とのことで、即行せずにおりました。今回親との旅行に伴い、最終的にフランクフルトまでは南下するということで、少し足を伸ばしてStuttgartまで行って来ました。
パン屋のレポートは既に依頼者に送付済み。至って普通のドイツのパン屋でした。ちょっとインタビューめいたものをしようと思ったら(母親が店に居ると聞いていて、見かけた人がまさにそれっぽかったので)、「私はクリンスマンだけど、有名になりすぎて迷惑!」的に不機嫌に言われたので、本人の写真を撮るのも躊躇われ退散しました。なので、依頼者が私のレポート&写真で満足したかは不明。ま、パン屋を抜きにしても、Stuttgartはいい街でした。丁度土曜日で美術館がタダ。かなりのコレクションを誇る美術館に(電車に時間があるからと早めに切り上げても)4時間は居ました。ということで、親のおかげでこんな南まで来させてもらいました。
3人だったのがいきなり一人になって・・の旅行だったので、かなり寂かったですけれども。
これを書いている時点ではもうすっかり日常です。ご心配なく。(思い出すと寂しかったりしますが・・)

Bremenからこんにちは(20)思い出を綴っておく


日本では今年シルバーウィークたるものがあったようですね。その時期を利用して両親がドイツに私を訪ねて来ました。
「あんたの居るうちに」と。こう言っては中国にもシンガポールにも私の住んだところにはどこにも来ています。で、今回は・・。ヨーロッパなのにたったの5泊。しかも航空券ばり高。なのに、行ける時に・・ということでやって来ました。
来られても何も出来ません。金はない。時間しか無い。それでもいいとやって来ました。トランクいっぱいに、私が運び屋を頼んだ物品をつめて。
今回の目的はブレーメンを訪れる事。しかも時間がある私をブレーメン以降は伴わなくてはならない、だから全くの個人旅行。空港でも駅でも観光地でもホテルでも誰も助けてくれません。
私はもともとバックパック旅行の人なので、空港やバスターミナルで野宿!もいとわない旅をして来たので慣れていますし、個人旅行好きなので、ドイツで親と落ち合ってからの旅程は、まあ、心配はしていませんでした(もちろん予めホテルや電車は手配してありました)。心配は関空と乗り継ぎと、上手く現地の空港で落ち合えるか、ということ。
でもまあ、なんとか無事やって来てくれました。ツアーではないので、行動も自由。ブレーメンとケルンとライン川下りとフランクフルトの各都市を周り5泊。かなりの強行日程で世界遺産を3つも見る・・という内容。必然的に移動は全部電車。電車好きの父親には楽しかったようです。時刻表とにらめっっこしたりして後々まで楽しんだ模様。
本拠地ブレーメンではお世話になっている方々に会ってもらい、自分の交際範囲を紹介しました。一人ではない事に安心した様子。
ケルンでは(私も初めて)やはり大聖堂が圧巻!ブレーメンの大聖堂は完全に負けた!!と思いました・・。
ライン川では船に乗る前に古城ホテルに泊まり贅沢気分を味わいました。
そしてフランクフルト。お買い物も少し。
天気にだけは恵まれ、寒い思いをする事も、雨に降られてげんなりする事もなく無事旅行を終えました。

辛かったのはやはり別れ。こんなに悲しいならもう会いたくないよ〜〜と思うくらい。その後一日くらいは裕に寂しく・・。家族っていいなあ・・と改めて思った次第。 まあ、今回の旅行では(再会では)私は親に、今までで一番元気な姿(精神的にも身体的にも)を見せられたのではないか、と思っています。実際一番元気だし、生きていて幸せです。ここに居る事、自分が存在する事に満足しています。経済的に産むものは一切無いけれども、世界の、ブレーメンの歴史が営まれるその一部分に存在することを感じます。(←大きく出すぎ???)。ま、たまには、大口もいいかな?。
親的には、あれだけ反対していたドイツ。私が理由もなしにこだわりつづけたドイツ。そのドイツで一番元気に暮らしているのが、嬉しく、複雑だったのではないかなあ、と思います。
日本には実際あんまり帰りたくありません。でも両親のそば、っていうのはいいですね。やっぱり。あ、今回両親ともに一緒に飛行機に乗り旅行するにあたり、父親が財産分与の指示書?遺書?をしたためたようです。母曰く「あんたは、遠くに居るから不利やと思いや」と。ご最も。でも二人揃ってこういう大きな旅行をするって、本当に万が一の事もあり得るんやなあ・・と事の大きさには驚きました。
なんやかんやで旅行はあっと言う間に終わり、悲しみを引きずって、私はStuttgartへ行ったのですがその話は次に譲ります。

楽しい時間をありがとう。十分甘えさせてもらいました。

Bremenからこんにちは(19)贅沢品



妹からわざわざの誕生日プレゼントが届きました。部屋履き。こういうのって無ければ無いで済むのでなかなか本気出して入手しようとしない品です。ありがとう。
当たり前だけど、妹の方が稼いでるし、家庭持ってるし、で、姉と言っても早く生まれただけです。昔は姉なのに妹と一緒にカテゴライズされるのがめちゃくちゃ嫌だったけど、今となっては姉らしいことは一切出来ずにおります。尤も、全く違う生活をしているということ&病気との戦いから生還した?ことからくる“経験値”話くらいはできますが。
ということで寒い冬がやってきます。
何か書く事があってワードを立ち上げたんだけど、起動している間に忘れてしまいました。おりょ。

日曜日, 10月 04, 2009

Bremenからこんにちは(18)最近の事 ゴスペルゴスペル





こちらで生活を始めて一年経ったなあ、と改めて感じるイベントが終わりました。ゴスペルフェスティバルという名のコンサート。確か昨年も書いたはず。10月3日。ドイツ統一の記念日に毎年開催されている(準)自主ライブでかなり大掛かりなものです。
今年も昨年同様、自分のクワイア以外にもいろいろと出演しています。一つ大きく違ったのは、ワークショップが前日とコンサート当日に行われ、そのワークショップのクワイアもステージに立った事。主たる主催者が我がクワイアの為、しきりとワークショップ参加を勧められ(しかし無料ではない)、参加したいのはやまやまだけれどもそれに付いてくるお金がない..また語学学校に通う事にしたからなあ・・と思っていると、クワイアの中で一番世話になっているEVAという女性が、誕生日プレゼントの代わりに代金を出してくれたのです。「参加費だってそんなに安いもんじゃないから、これで参加しなさい」と。なんとも有難い話・・(本当に頂いてしまっていいのか??という疑問も残りますが)そしてワークショップにも参加し、このコンサートではワークショップのクワイアと通常のクワイアと2ステージに立ちました。
昨年より大分狭い教会が会場でしたが、関係者も、行われる事も、理解できる事が多くなったから、自分が成長したからでしょうか、余裕をもって事に望む事ができたのは事実です。

そして日曜。この週末を利用し、私の行っている教会で録音が行われていました。今度出版する教会の本(私も寄稿済み)に付け合わせるCDを創るためです。なぜなら、我が教会には、多くのバンドやクワイア、音楽学校が所属しており、そのそれぞれの音を録音するのです。いきなり決まったことで、クワイアメンバーはほとんどこれず、ピアニストも居らず、クワイアの歌声自体はさんざんだった気がしますが、クワイアと一般の教会の人々で賛美歌も歌い、これはす素敵なできばえになったのではないでしょうか。(この教会のオルガニストは私は大好きで、彼女の演奏を聞いていると気分よく、礼拝前の前奏を聞くだけで、「礼拝に来てよかった」と思うくらい。)私のドイツ語の発音は疑問ながら、なぜかマイクの真下に立つことになり、後で録音を聞くと、かなり声を拾われていました、発音がおかしい「RとL!」と後ほどクレームが出ないか心配ですが、まあ、いいでしょうか。いい記念になりました。

ということで前日からのワークショップも含め、数日歌いっぱなしでした。でも歌うって気持ちいい。
写真はワークショップとコンサートと録音。

木曜日, 10月 01, 2009

Bremenからこんにちは(17)さらにもうひとり・・?9月27日






さらにもう一人身近に9月27日生まれがいました。驚くべき事です。
さてさて地震の誕生日ですが
時間差で、お花などいろいろと頂きました。
10月に入ると、今のところ知っているだけで2人の誕生日がやってくるし、パーティもあります。日本でも2人。天秤座ラッシュは続きます。
昨日「午年?」という質問をされて考えました。午年の天秤座。天秤座って(占い的によると)バランス取るのが上手と言うか好きと言うか、です。午年生まれがそうなのかは知りませんが、12支で午は、右にも左にも傾かないところにいますよね。そういうのめっちゃ好きなのかな。自分の事ながらに不明ですがとにかく誕生日も過ぎ、10月になって年末へまっしぐら、といったところでしょうか。