土曜日, 1月 22, 2011

また、まだ、ずっとブレーメン(9)

一番仲良しのドイツ人女性から電話がかかってきた。「元気か」と。毎週一回は顔を合わすのだが、先週は彼女の都合で会えなかったので、「どう?」と。いろいろ考える事があって頭がいっぱいで、いまいち・の気分だと正直に答えると「また一回話しにおいで」と。いつもこうやって彼女は私を励ましてくれます。まさに親のような存在です。

その他にも、私の調子の悪さ、しゃきっとしなさ、を気にかけてくださる人が他にもいます。

本当にありがとう。

見るべきは現実。私は今直視すべきものが分かりません。というか見たくないだけかな。

なんとも詰まらぬ心の声の吐露ブログは果てしなく続く・・・・。(汗)

金曜日, 1月 21, 2011

また、まだ、ずっとブレーメン(8)

早速一日書けなかったらしい。わお。

気の沈む毎日。やる事があるのでかろうじて考えずに済む時間が多いけれど、いったい私はこの後どうなるんだろう。

出入り先団体にはかなり重宝されていると思うし、自分でも“一家に一台”的役回りの人間だと思う。

なのに、仕事を見つけるとなると(それがドイツでも日本でも)一気に無用の人間となる。そのことがつくづく嫌になる。逃げて帰ってしまいたくなる。でもここで築いた人間関係や人脈はブレーメンの人でも驚いているくらいだし、それは自信もっていいんだよな・・・。でも仕事となると話は別。

大学学部をここで卒業したら、それがプラスに働くとは到底思えないし、今間違った事をしているとも思えない。

私がある程度安心して不安無く生活できる日は来るのでしょうか。

水曜日, 1月 19, 2011

また、まだ、ずっとブレーメン(7)

ブレーメンに戻って一週間が過ぎた。みんな、「待ってたよ」と迎えてくれた。が、しかし、実際の所どうなんだろう。

ここにあるつもりだった、自分の居場所、居心地のいい場所、その場所は年末年始少し不在にしたくらいでは、消えてしまうものではなかったけれど、どれくらい“空け”たら、風化してしまうんだろう。そう考えた。今までは私が居て然るべき時間、状況に、私が居なくなる。最初は不自然でもそのうち慣れて、いつしか居ない事が普通になってしまう。そうやって人は周りの環境に適応していく。私のブレーメンの場所は、みんなの中ではすぐに“思い出”になってしまうんだろう。誰かがすぐに、その場所に取って代わるんだろう。それって悲しい事だし、それを望んでいる訳ではないけれど、いつか、それを決断しないとならないときが来るのかもしれない。

そう思えば、やっぱり家族ってすごい。○○家の娘である事実は誰に取って代わられるでもなく、いつまでもそのまんま。ありがたいね、本当に。

火曜日, 1月 18, 2011

また、まだ、ずっとブレーメン(6)

なかなか何事も進まない日が続きます。

今新しいマックのiMovieと格闘中。50分の劇のプロモーションビデオ?らしきものを作りたいとかで、年末に頼まれていたもの。新しいマックになって、それがネットに繋げるようになったら(オンラインで調べつつやらないと倍の時間がかかるのでオンライン環境必須)から考えようと思っていて、やっと数日前から着手。

素人の劇を、公開最終リハーサル時に素人が撮影したものなので、画像のクオリティは極めて低い。それを、その劇の事、内容、劇団の事を全く知らない人間に分かるように3分にまとめる作業。うーむ。なかなか難しい。

動画の一場面を静止画で取り込みたいのだけれど??

動画の台詞だけ使って、画はいらないのだけれど?

アフレコする・・なんて無理だよねえ・・・。

観客うるさい!

手ぶれし過ぎ!!!

等々疑問や文句と戦いながらもまあ、楽しく編集中。

新しいマック・・。素直に嬉しい。どうぞ末永くよろしく。

月曜日, 1月 17, 2011

また、まだ、ずっとブレーメン(5)

今日は、いきなり重病になって余命宣告された女性のお見舞いに行ってきました。彼女が病院で検査を受け、事の重大さを知るほんの10日前まで、私とは頻繁に会っていました。もし日本一時帰国が無ければ、その2日前までは共に過ごしていたであろう、そんな女性です。病院に行ったときにはすでに、手の施しようが無いほどの“病”に犯されており、彼女は手術も化学療法も拒否、自宅で最期を迎えることを決断したそうです。

こういう人には何という言葉をかければいいのか、日本語でも分かりません。今日はたわいのない話をして帰ってきました。

自分の容態を語る彼女に涙は無く、それほど悲観的にも見えませんでした。宣告を受けてから2週間ほど。その間に悲しみも涙も枯れてしまったのでしょうか、私の前で強がったのでしょうか。

人の上に立ち、説教したりする立場にいる人でした。その威厳というかは未だ失われて居ませんでしたが、この短期間に9キロも痩せてしまったそうです。でもそれほどげっそりとしたようには見えなかったので、私にも不思議と“絶望感”はなく、ただただ(日本から帰って来たという意味で)再会を楽しみました。まだ実感が湧かないのかもしれません。彼女が死を待っている、ということの。

今までさんざんお世話になった人です。私には何が返せますか?何をすべきですか?祈る事だけですか?

私はただ、彼女の穏やかな最期を願ってやみません。でも、私はまだもっと彼女とお話ししたい、もっと彼女との時間が欲しい。まだ、その時じゃない!から。

また会いにいきます。