日曜日, 9月 28, 2008

つぶやき(4)ことばを学ぶと言うこと2


さて、言葉というのは面白いな、というのが、私の素直な感想です。(前回の文章で何が言いたかったのか、自分でもだんだんわからなくなってきましたが、多分、こういうことが言いたかったんだと思います。言葉にすると、シンプルですが、ああいうことをいろいろ思考した上で、「面白いな」と感じていると思ってください。結構重いデス。)
欧米人が日本語を勉強しているのをみると、頭の中を見てみたくなります。「言」(ごんべん)はどういう風に見えているんだろう。人(にんべん)は?「水」→「さんずい」、「草」→「くさがんむり」・・こういうのを意識しているのか、はたまたただの記号なのか。

それはさておき、ドイツ語を久しぶりに学び始めたわけですが、言葉を知らないうちは、目からの情報はすべて直接的です。(この言葉が正しいのかどうか不明ですが)つまり、「本が店先に並んでいるのを見る」→「あれは本屋だ」と思う。ということ。ここに決して「BUCH」(本)という言葉は介されていません。でも「BUCH」を学ぶと例えば、遠くから看板を見て、本屋の在処がわかる。とか、「MUSEUM」 という単語を知れば、建物に入るという直接的行動をとらずとも「美術館」であるということを認識できるわけです。
新聞や広告も眺めるのが好きですが、ここでも面白いのは、学んだ単語は目に入ってきますが、知らない単語はスルーします。(無意識に)。そして毎日同じものを眺めていても、「あ、この単語今日習った・・」って具合に、毎日読み進められる&得られる情報が増えてきます。少しずつ上達することに満足しているのでは決してありません。ただ、不思議だなあと思うのです。
ただのローマ字の羅列だった単語が、いきなり意味を帯びたものに変化する瞬間が・・・。
それは耳からの情報も同じで、耳で聞いて、音だけ分かっていた単語に、表記と意味が付け加わると、理解度は一気に増します。そして、その語が発せられていた理由や意味までもが納得できる・・・そんな瞬間もあります。

だからだから、ことばを学ぶって、非常に面白いのです。
(まったくもって普通の一般的な感想ではありますが、書いてみました)

つぶやき(3)ことばを学ぶと言うこと1

「宝物」を挙げたとき、(家族や友人以外を想定して)「ことば」と書いたことがあります。ことばは、神様から人類への尊い贈り物だろう、と。ここにキリスト教的考えは皆無です。ただ純粋にそう思うだけです。
ドイツに来たのは初めてではありません。3回目です。初めて来たときの印象が強かったのでしょう、(影響を受けやすいと言うか(汗))それ以来「ドイツドイツ」と喧しく、まあ、多少(だいぶん?)遠回りしましたが、こうして10年以上思い続けたドイツに降り立ったわけです。はい。
初めてドイツに来たとき、青色の5年パスポートでした。署名欄は漢字を用い、「***子」と。高校生だったので、学生証も携えていき、欧州在住の友人に学生料金の適用を・・と試みていましたが、漢字の学生証は欧州人にしたらちんぷんかんぷん・・パスポートのローマ字表記と署名の漢字の姓名と、学生証の氏名がすべて「=」(イコール)であることを即座に判断するのは不可能。で、まあ結局学生証は役立たなかったと記憶しています。欧州で漢字は通用しないことを悟りました。(当たり前)。
さて、中国南京に1年留学したときは、10年パスポート。前回の反省をふまえ、署名はヘボン式ローマ字できれいなお手本のように「**N* ****K*」。ここで注意・・・なのですが、署名をローマ字にしたばかりに、パスポートには、私の戸籍上の名前表記が一切登場しないことになるわけです。(後ろのページの所持人情報云々の所は任意記載でしょうか・・書いていません)。中国では留学でしたので、学生証が現地の大学から支給されました。恐るべき事に、そこでは全てが漢字です。日本人はいいです、そのままの漢字を少し中国風にアレンジするだけだから。欧米人もみな漢字になってしまいます・・・。だから、学生証とパスポートを照らし合わせたとき、またまた、同一人物であることの照合が困難になるわけです。「招待所」という中国現地人のための安宿に泊まりに行った時、(中国の田舎のため、英語は×)「パスポートは何がかいてあるかわからん」という風に突っ返されました、まあ、日本語とローマ字、英語だけですから。しかも、日本人の辛いところは、ローマ字表記と漢字表記で中国語読みがまったく違ってしまうことです。
(ややこしいですな。)つまり、
私「こびる」としましょう。ローマ字で「KOBIRU」とします。本来このHNは漢字があり「古美る」と書きます。(今回は中国語がからむので便宜上「る」に「留」の字を充てます)戸籍上「古美留」。ローマ字「KOBIRU」。読み「こびる」。日本では何の問題もありません。しかし、これを中国人が見たらどうなるか「GU MEI LIU」(グーメイリウ)(そしてちゃんと四声があります)と読みます。「こびる」と「ぐーめいりう」、どう考えても同一人物には思えません。そして、中国人が「古美留」をローマ字表記すると「GU MEI LIU」こうなるわけですから、彼らには「KOBIRU」などという音は一切でてこないのです。ああ、ややこしや。だからだから、あたかも2つの名前があるかのようになってしまうわけです。その点欧米人は、表記が漢字になりますが、ほぼ音から漢字を充てる場合が多いので、「Mary」だったら「瑪莉」(MA LI)みたいに。

めちゃくちゃ前振りがながくなりました・・・。

今回はまた10年のパスポート、今回はICチップ入りに更新をしてきました。(年齢がばれるな・・・)。署名は、本当の意味でのサイン(Signeture)(スペル怪しい)にしました。印鑑の代わり的要素もあるサイン、です。

はい、ここから、どのようにこのタイトルの文章が続いていくのか、ということですが、(ブレーメンやドイツ、ドイツ語と一切関係ないことばかり書いたようです)。回を分けることにします。(続く)

Bremenでの・・・コト(36)洗濯の概念

「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」というのはよくある昔話。「炊事掃除洗濯」は主たる家事。日本人にとって、洗濯することは日住斧一部分です。我が家だけではないと思いますが、基本的に毎日洗濯機を回します。一日数回回るときもしばしば。その他、脱水機能だけ使ったり、と洗濯機まフル稼働しています。こんな日常だったからでしょうか、洗濯機と無縁だった中国留学時代やシンガポール生活時でも毎日毎日手洗いしていました。そして今も。脱水できないので、そのへんはいろいろと工夫していますが・・。
今回、新しく引っ越し先を探すに当たり、要求したのが洗濯機。でも、どうやらあまり必要ではないかも知れません。というのは、こちらでは洗濯機をがんがん回すことはあまり褒められたことではない、からのようです。すごく電力を使うのだとか。で、1週間から10日に一回まとめて洗濯。これが普通らしい。(一人暮らしの家庭だとこんな物なのかも知れませんが)。まず、その日着用した物を放置するのが私はすごく嫌い。放置するくらいなら、もう一日同じ物を着る方がいい。放置する→黄ばみ、カビの原因、のイメージがあります。身体に付けているものにはそれだけで脂がびっしり、(のはず)。見えなくても時間と共に表に現れて、即時だったら洗濯できれいになったのに、放置したがばかりに黄ばみとして残ってしまう・・。っていう考えがあります。昔の洋服とか。キレイに着ていたつもりでも、気がつかなかったところから黄ばみが現れていたり・・します。(大昔に使ったセロハンテープがカピカピになり、それが貼られていたところがねばねば&黄茶色く変色しているのと似ている?似てないか・・)そういうイメージがあるので、洗濯物は放置したくない。だけど、こちらではそうではないようです。思えば、朝、主婦が洗濯物を干している姿を全然みかけません。風にゆられているシャツとか・・物干し竿のかかっているバルコニーとか・・見かけません。・・いったいどこに干しているの??もしくは、洗濯機は洗濯乾燥をいっぺんにするタイプが主流なんでしょうか??

まあ、イギリス人は3日に一回しか風呂にはいらない、とか聞いたことがあるし、使った食器は洗い流さないとかも聞くし、これは水を大切にする手段でもあるのかな????謎です。

Bremenでの・・・コト(35)HB HH HLって???


学校の授業で、「私は自動車でハンブルクへ行きます」=「Ich gehe mit dem Auto nach Hamburg」という生徒の発言に対し、先生は「Ich gehe mit dem Auto nach HH」と書きました。
「おや?」と思いました。「ハンブルク」なら「HB」のほうが相応しくない??って。とうのも、町では「HB」ばかり見かけます。車のプレートで、です。プレートの表示は日本と同様どこで買ったか?(登録か・・?)で地域の表示がでますが、ブレーメンを走る多くの車両は「HB」です。なので、車のナンバーに表示される地域はブレーメンはハンブルクに含まれるのかと思っていました。(最近、日本でも細かいご当地ナンバーが出来ましたが・・)しかし、そうではないようです。さすが、ブレーメン???正式には、ブレーメンは「Freie Hansestadt Bremen」自由ハンザ都市ブレーメンのHBであり、ハンブルクは自由ハンザ都市ハンブルクを省略しHHなんだそうです。そして実はこの「H」を冠する都市がもう一つあり「HL」リューベックだとか。あんまり馴染みがないのですが・・なんか今までにも何かの折りに聞き知ったような気がする・・と、それが何なのか調べてみましたが、思い出せませんでした。ハンザ都市の一つノルウェーのベルゲンに行ったときに、リューベックに絡むなにかがあったのでしょうか・・・謎です。
ま、ということで「HB」はブレーメン。そしてシンボルは「鍵」です。

土曜日, 9月 27, 2008

Bremenでの・・・コト(34)9が好き&通貨単位



どこでも、スーパーの価格設定を考える人間の頭は同じようです。0.99とか1,99とか、そういう価格設定ばかり。やはり消費者心理も人間ですから同じなのでしょう。0.99/キロの果物は、一番安い部類でしょう。バナナでも、腐りかければ、もっと安くなるし、新しかったり、ブランド物は高くなるし・・。でも設定価格の最後の数字は「9」。
ここで、時々こんがらがるのが、通貨単位です。私の数字に弱い部分が露呈してしまう瞬間なのですが、「円」だけの通貨単位に慣れている私は、ユーロとセントを併用する勘定の仕方に混乱してしまうことがあります。(今まで中国とシンガポールで生活しましたが、そこでは中国語勘定を行うので、この問題は生じません。後ほど説明・・)。まず、日本で199円のバナナを買ったとしましょう。
店員「199円です」。私;200円を渡し、店員;1円のおつり。 ですね。
ユーロ+セント圏(2通貨単位使用圏)で1.99ユーロのバナナを買います。
店員「1ユーロと99セントです」。私;2ユーロを渡し、店員;1セントのおつり。
何もややこしくは、無い〜〜!!と思いたいのですが、商品の中には、「1.9ユーロ」というように、小数点以下1までで販売する物もあるわけです。その場合、の「9」は「90セント」のことで、「9」セントではありません。小数点以下第2の「0」は当然の用に省略です。だから・・・、そうこういう時に、困るのです、「あれ?90セント(金色のコイン群)出すのか??それとも9セント(ブロンズ色コイン群)かいな?」と。出される方にしたら10倍の開きがあるわけですから、苦笑するしかないわけで・・。
日本で小数点以下の単位を取引することは、一般人の普通の生活ではあり得ません。だから、「見えない0」の存在におびえることは無いわけです。
さて、今までも海外生活してまして、中国では「元」「角」まれに「イ分」を、シンガポールでは「ドル」(シンガポールドル)と「セント」(中国語では中国と同じく「元」「角」)を難なく使い分けていました。何故、ここでは混乱しなかったかというと。中国で「1.9元」のバナナを買ったとしましょう。「Yi kuai jiu mao」(一元9角)と表現するからです。90角にはならないのです。見えない0は無いのです。シンガポールでも同様「1.9シンガポールドル」は「一元9角」。(但し、時として、英語(シングリッシュ)で向かってくる人がいた場合、「1ドルと90セント」と話されるので、このときはやはりちょっと混乱していました。)
なかなか複雑です。はあ。