木曜日, 12月 31, 2009

Bremenからこんにちは(58)今年も終わり

あと半日ほどで今年も終わります。日本と違い、クリスマスが終われば、もうあとは、普通の日常に毛の生えた程度の祝い方なので、こちらとしては、寂しい限りです。
大晦日。雪です。昨日から、大型物の洗濯と掃除・・いきなり雪が降ったので、前々からやっておけば良かった・・とか思いながら。
且つ、1月に受験する(であろう)テストが、傾向がよくわからないので、対策のしようがない。
ああ、イライラ。
そのイライラを解消すべく・・登場するのが・・DVD。2006年からのM1を収めた物です。
昨夜だけで3年分見ました。2006、2007は日本で拝見。2008、2009はニュースと動画で、探りつつ・・の情報入手のみ。いやあ、全部ノーカットで見られて楽しかったです。
まず、2006と比べて、2008,2009のテレビ、スタジオのつくりの豪華な事に驚き。テレビ局が軒並み制作費を削っている中、スタジオの造りは豪華になってるような・・・。まあ、出演者(審査員)ギャラとかも結構安いんでしょうか??でも生だし、収録放送では考えられないくらいの頭数と、何か発生した時のために備える人、物とか尋常な数じゃないと思うのですが。まあ、裏の事情は私の知った事ではなく、純粋に楽しめれば良いのです。
なので、昨日はノンスタイルの優勝、パンクブーブーの優勝、チュートリアルの優勝と3つのドラマを遡って拝見しました。
誰でもそうでしょうが、“好きなネタ”ってありますよね。(あくまで、私が伊これまで見た中で&こっちにきてから動画等でチェックした中で)
チュートなら、チリンチリンネタ。あれ以降、これを上回るネタを見てません・・。
ノンスタイルはエレベーターに閉じ込められるネタ。(昔のイキリネタも嫌いではないです)笑い飯だったら、奈良歴史博物館ネタ。今回の鳥人には100点が出たようですが、うーん、もう一回鳥人見てみよう!
2005のチャンピオンのブラックマヨネーズも、決勝のネタやったかな、相撲で押し出す下りが好きです。“南港までいかないと相撲が終わらん!”と(確か)。他、最近私はあまり見ないのですが、麒麟さんなら“田村隊長”ネタです。そうそう、2006年M1の司会アシスタントが眞鍋かおりさん。川島さんを並んでいるところが、なんだか新鮮でした。
それから・・。昨日映像で見たコンビを思い出していくと・・。トータルテンボスだったら、レストランと火災関係の(中華の部屋で滑ったりするやつ)?(記憶曖昧)好きです。他のコンビはあんまり数個のネタを比較出来るほど見た事がないです。

ま、要するに、大きな“漫才&お笑いシック”の渦中におります。そんなこんなで、年が変わろうとしています。
2010年。ここでの基盤を築きたいです。帰りたくないです。
でも、日本のテレビはしっかりかなり恋しいです。

では明けましておめでとう・・までもう少し。
(写真。外は雪)

日曜日, 12月 27, 2009

Bremenからこんにちは(57)歳の瀬に思ふ

見聞きするだけで無性に悲しくなる言葉がある。「就職氷河期」。
私はいわば、“ロストゼネレーション”の人間。
(今の時期の事も将来的には何かしら命名されて、酷い時代であったと解雇する事になるのかもしれないが)
大学卒業時、多分、職にありつけるチャンスは比較的少なかった。留学した関係で、5年大学に通ったが、同級生の卒業時も、自分の卒業時も、遡っては4年前の姉の卒業時も、そして2年後の妹の卒業時も。ずーっとずーっと氷河期だった(と思う)。でも、みんなちゃんと職について、賃金を得て、自立して、普通に生きている。
私は????
はっきりいって、就職したくなかった。モラトリアム期が欲しかったのではなく、ドイツに行きたかった。実現できるか出来ないかわからないけど、とりあえず、就職活動をまじめに行わない理由の筆頭に、“ドイツ”があった。思考回路を書くと・・。
卒業後ドイツに行きたい→え??あなたの専攻は中国語だったよね?中国に1年も留学してましたよね??で、何故ドイツ??? 必然的にそうなる。ドイツが私の人生に登場するのは大学入学よりももっと前、高校一年生に遡ってしまう。片鱗はもしかしたら小学5年生からあったかもしれない。だから、大学の事だけを見て、“ドイツ”“??”と言われるのはお門違い。(という私論あり。)→人がなんと言おうと、“ドイツ”。しかし、親の金で大学へ通い、留学し、ほんでもってドイツ渡航費用まで負担してもらえる訳が無いし、そんなつもりは毛頭ない。よって資金がいる。→働かなくてはいけない。では3年は働こう。働いてお金を貯めて、3年後ドイツだ。(自分の中での将来設計)決定!→ならば新卒!就職活動!→世は就職氷河期まっただ中。3年で辞める気満々。辞める事前提。もしかしたら、仕事を通じて興味深い事に出会うかもしれない。でも、ドイツを上回る物は出現してはいけない!!という歪んだ目、意固地な目での就職活動。そんなやる気のなさを見破れない人事はいない。というか、目はいつも“ドイツ”を見ていた。→そんな状態で、競争率の高いこの就職氷河期が乗り切れる訳が無い。→案の定卒業を迎える時にも仕事無し。→ちょっと計画が狂ってきた、と焦る。金を貯める手段すらない・・。バイトなどなどしつつ・・。職歴も手に出来ず、お金もそれほどたまらない。→そんな空虚な毎日は、海外へ目を向ける事で慰められた。ドイツに今行くのは無理。ならば中国語の出来るところへ。→そしてシンガポールの現地会社に就職。私の海外熱は満たされた。しかし、ドイツからまた大きく道を逸れたことには少なからず精神的打撃あり。(のはず)→3年。幸いシンガポールは永住に値するところではなく(私には)、元々定めた3年で日本へ帰国。妹の結婚式出席の使命を終えたらさて、ドイツだ!と意気往々と帰国。→しかし、ここで家族の猛反対に遭う。卒業以来、そのときまで“ドイツ”を具体的に話した事はなかったかもしれない。親に“どうするん?”と聞かれたら、適当に流していた。親もこのタイミングで“ドイツ”が本格的にでてくるとは思わなかったらしい。“今が最後のチャンス。これ以上歳をとると日本で就職不可能になる。取り返しがつかない!!”とのこと。一理あり。→ということで、ぐだぐだしながら、日本で、なかなか決まらぬ職、合わぬ職を転々とし、一応“月給”を貰って、厚生年金を払い、保険証を所持して働く。→ただ、(この→文章の最初ぐらいからの精神的&身体的病はどん底の状態)身も心もボロボロ。→そして、暗闇をさまよう期間が続く→そんな私を病気から救ったのが、ゴスペルだった。→いっぱい勇気と幸せをもらって、30歳と言うギリギリの年齢でドイツへ。→そして、その後は、去年からブログに書いている通り。

はああ、ドイツにたどり着くまで長かった。まったく“就職氷河期”とは関係のない話・・のようだが、とりあえず、以下のように無理にでもこじつけておく。
“就職氷河期”の話題が苦手なのには理由がある。
1.就職できなかった自分を擁護しているだけなのでは?実際、周りは普通に就職できていたし。自分の不甲斐なさが強調されてしまう。
2.新卒就職できていたらどうなってただろう?3年で辞めてた?ドイツ来てた?病気は治ってた?と取り戻せない過去の分岐点の別の道を思い描いてみたくなる。
3.しかし、就職出来なかった事を、親は私の所為にしない。彼らも“氷河期”が現実に存在した事を認めている。
だから余計に申し訳ない。私の責任だ!自己責任だ!と言われれば、反発もできるし、反省もできる。しかし、自己も周りも、“世”に責任を押し付けて納得してしまっている。だから、怒りのぶつけようがない。

時代の波に左右された、ロストゼネレーションの人間。いや、誰しも、自分の力でどうにもならない社会の動きに翻弄されているはず。出征した人、ベビーブーム、安保、バブル、団塊、ゆとり・・。人が時代を造り、そして時代が人を導き、造り上げ、そしてその人間が、社会を回す・・。それが時代になる。そんな渦中にいる大多数の人間。
“就職氷河期”。これが無ければ、私はドイツに居なかったかもしれない。私が10年来夢を見、ようやくの思いで叶えたドイツも、もしかしたら時代の産物にほかならないのかもしれない。

Bremenからこんにちは(56)めぐる メグル よ 時代は巡る

クリスマス祝日の2日目。26日は恒例の教会でのコンサート。ゴスペルクワイアと教会のオルガニスト一家が出演する事になっています。毎年の事です。はっきりいってほとんど練習をしていない、我がクワイア。だって夏以降いろいろ大変だったのです。
・事務方取り仕切りの代表が、ドイツを去った。→もろもろ諸連絡が行き届かない。何をするにも後手後手に回る。
・教会の牧師先生が退職。→ゴスペルクワイアは創立10数年。牧師先生は32年この教会で牧師として勤めました。牧師先生が立ち上げたクワイアとも言え、そこに、アフリカとの微妙な事情もからみ・・。(このクワイアはブラックゴスペル的なのを歌います)その生みの親が居なくなった今、教会や牧師さんに恩義を感じてクワイアにやってきていたメンバーの心境にも変化。クワイアは後ろ盾を失った感じ。
・夏以降、クワイアリーダーやピアニストの病欠相次ぎ。まともに練習できず。

ということで、26日の曲目(といっても何を歌うのか誰もいつも知らない。ステージ上でリーダーが勝手に進めるのについて行くだけ)中の2曲は全くの新曲。19日に行われたワークショップで始めて歌ったという全くの新曲、且つソロパートがほぼ無く、ソロの上手さでカバーできる曲ではない、且つ、3声ばっちり歌えないと、聴かせられん!という曲。別の2曲も、その夏以降のバタバタの中、2〜3回練習したっきり。歌詞もあいまい。

そんな中迎える事になった26日のコンサート。救いは入場料無料・・ということだけ。

そしてなんとか・・・観客の皆さんに助けられ、時間を1時間オーバ−して終了。終わった後に待っていたものは
“ピアニストとの別れ”。今までクワイアで弾いていてくれたピアニストさんは、分かる人には分かりますが、去年私とサプライズCDを作ってくれた方です。本当に若い才能に溢れた方で、彼の伴奏はそれだけで下手なクワイアの歌を、あたかも上手に歌ったかのように聴かせてしまう・・というもの。彼の伴奏で歌うのと、他の人の伴奏で歌うのは、心持ちが全然違います。それはメンバーの誰しもが分かっていた事。そのピアニストが、自身の将来のために、一旦我がクワイアを退きます。クワイアは他のピアニストを探さねばならないのですが、難航中。

これでまた、このクワイアは強力な求心力を失いました。私としては、クワイアリーダーとも歌いたいし、ピアニストとも歌いたい。しかし何よりも、私はクワイアのメンバーであり、且つ、クワイアが所属する教会にお世話になっている人間なので、この教会のクワイアには留まりたい訳です。でもきっと恐らく、上記3人の人間がクワイアや教会から去る事で、メンバーの中で疎遠になる人ももちろんいるだろうなあああああああああああ、と悲しい。ゴスペルの世界大会で2度も金メダルをとった過去をもつ(メンバーに当時の面影はほぼなし)ので、名前だけは有名なクワイア。歌のクオリティが、急降下することは間違いなく、でもそんな事情は、聴く方にはまったく関係なく、このクワイアの名前を引っさげているからには、それなりに歌えないと駄目な訳で・・・。でもそれほどのモチベーションを持って歌っている人間がどれだけいるか。プロじゃないし.余暇でやってる訳だし。
ま、私はとりあえず様子見ですね。(傍観者????)

とまあ長くなりましたが。昨日のコンサートで感じた事。
昨年ここに立ったときは、“広い。客が一杯”って思ったのです。でも、昨日の壇上から見えた教会の礼拝ホールはなんだかとっても小さく感じました。どこにもかしこにも知っている顔がいるからでしょうか。
もう一つ。コンサート後、正式にピアニストさんにお礼。当たり前だけど、誰も引き止める事無く、彼の門出を祝った感じです。
そう、誰しも己の道があります。誰も止める権利など無いし、邪魔することは許されない。メンバーもリーダーも、自分の気持ちをぐっと押し殺して、感謝の弁を述べました。何事も栄枯盛衰。同じ時・同じ状態っていつまでも続かない。当たり前だと思っていた事も、実は当たり前ではなくて、いろいろな偶然の上に成り立っている。彼がクワイアを去るなんて誰も考えもしなかったのに、現実に起こってしまった・・。
そう、もし、もし、私がクワイアを去る=ブレーメンを去る=ドイツを去る ことになっても、それはきっと“あの子の選択だから”と皆に受け止められてしまうのでしょう。もし、“本当はここに居たい!”と訴えたところで、“あの子の道だからねえ”と納得されるのでしょう。そうならない事を祈ります。

ああ、まとまらなくなって来ましたが、“時代は巡る”。私も、誰しも、その流れの渦中にいるのです。大げさですが、今回の夏〜クリスマスコンサートを通して“一つの激動の時代”を生きた気分になりました。

金曜日, 12月 25, 2009

Bremenからこんにちは(55)怒濤のクリスマス

師走。と人は言います。
本当に12月は早い。そしてここでは、クリスマスを迎えるというのは日本人感覚では新年を迎えるような気分。従って、やること山ほど。
まあ、基本的に家族のイベントなので、身寄りの無い私は暇〜〜なはずなのです。各種団体等でのクリスマス会は、12月に入ったあたりから順々に開催され、クリスマス前の最後の週は“予定なし”が普通なので。
私の場合。イブの前日も前々日も個人的に小さくクリスマス会。且つ予定外にせねばならないこと(11月のテストの点数がまた足り無かった・・。進歩無し。がっくり。自分の才能の無さに唖然。もう諦めるべき?・・と沈む数時間を経て、リセット・・などという時間がこの怒濤の中にも含まれる。しっかし、テストめ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ということで、予定外の事とはこのテスト関連&次のテスト関連)が発生して、大わらわ。23日のクリスマス会は我が家で行ったので、掃除や仕込みやなんやかんやで、前日からその日の朝からばったばた。ふう、疲れた、けどかなり楽しかった・・・・。(準備もズベテ含めて)。客が帰ってから、深夜をまわりつつ、クッキーの仕込みとかしたりもして(職人のようです・・・(笑))。
そして迎えた24日。この日は3回礼拝があります。1回目の家族礼拝は子ども向け。ジュニアによる劇など行われたりします。この時間は、教会が“クリスマスを一人で過ごさないで”ということで、カフェ的なものを催したため、そのお手伝いに。一緒になって歌い、ケーキを平らげ、準備後片付けをしました。それが済んだら2回目の礼拝。本礼拝。
その後、クワイア仲間の家に押し掛け、(私が押し掛ける事になったので、家族だけしか集まらない予定だったのに、友人がいろいろ来る事になったらしい。ついでだから・・みたいに)、夕飯の手伝いとかしつつ。クリスマスディナー。
そして23時からの3回目の礼拝。その押し掛けた家族は別の教会に行きましたが、私はいつもの教会へ。ゴスペルクワイアの一員として礼拝で歌いながら25日を迎えました。
24日の礼拝には3回とも来る人、一回も来ない人、一回だけ来る人、様々ですが、それぞれのタイミングで“クリスマスおめでとう”挨拶。まさに新年のようです。
そして深夜を回って帰って来て、25日はまた朝から礼拝。基本的に、どこか一回に参加すれば事足りるのでしょうが、なんだか参加したい気分にになって行ってしまうのが常です・・。朝からまたクッキーを焼くべく早起きしたり・・(礼拝にクッキー持参で行くのが日課なので)。しかし、この25日10時の礼拝は5人ぽっちり。ま、昨年も同様でしたが・・。
そして礼拝後は、別のクワイア仲間の家にお邪魔しました。夫婦とそれぞれの母親、2人の息子と長男の彼女、という面々でのクリスマスの食事会に誘ってもらったのです。(無理矢理、“行っても良い?”とモーションをかけた)このご家庭は本当に裕福な家庭で、家の作りも、デコレーションも、とっても可愛い。会話に取り残されることもあまりなく、楽しんで来ましたが、あくまで“他人”なので、家族ってやっぱり良いなあ・・と。

25日夜。11月のような、風雨に見舞われるという最悪な気候が戻って来ました。さて、明日は教会のコンサート。何でも最近始めたばかりに新しい歌を歌うとか、大丈夫なんでしょうか。

日曜日, 12月 20, 2009

Bremenからこんにちは(54)今年もやってくる。

ブレーメンで迎える2回目のクリスマスとお正月です。やはり一年で一番大切な行事であるからか、この時期はクリスマスへ向けてまさしく“師走”感漂います。
9月からもうとっくに2巡目に入っているのですが、年末にかけてやっぱりしみじみ感じてしまいます。
今日はゴスペル関係の人のコンサート。素敵な才能がぎゅーーーーっとつまったコンサートでした。去年も同じような時期に、同じ教会で行われたコンサートです。
街を歩けば知り合いにあたる・・というブレーメンですが(教会とか、出入りの団体先とかは除いて、図書館とか、中心部のバス停とか、近所以外の場所で普通に出会う)、ゴスペル関連になると、その顔見知りの数がぐっと増えます。同じくワイアで歌っている人のみならず、いつも観客で居る人・・とか。
今日は、ステージに立つ面々がすべて顔見知り。プロのソリストを招いてのコンサートでした。
日本のクワイアでこの時期歌っていた曲が、同じようなアレンジで歌われました。日本を思い出すとともに、ここにまた今年も居る事が出来る事を本当に嬉しく思い、涙してしまいました・・。

ゴスペルってやっぱりいいなああ。