
1989年11月9日。ドイツの壁が崩壊した。小学生だったけれども、記憶はおぼろげにある。と思う。でもつい最近までこの日の事など全く知らなかった。ドイツ統一の記念日として祝日となっているのは10月3日だからだ。ベルリンが壁によって東西に分け隔てられており、東ドイツと西ドイツがあって..という事実こそ知れども、それがどーであーなのかよく知らなかったのが事実。簡単に整理しておくと、ベルリンの壁が実質的に崩壊し、東ベルリン市民が西ベルリンになだれ込んだのが1989年11月9日。ドイツ再統一として、東が西に組み入れられるような形で合併統一したのが1990年10月3日ということです。この10月3日を建国記念日のような感じで祝っている訳。ちなみに日本の建国記念日は印象の非常に薄い2月11日。紀元前660年神武天皇の即位の日(旧暦の元日)とか。神話の域・・。でも根拠が無いから撤廃しよう!等という話にはならないのだねえ。ありがたい。
さて、昨日は祝日ではなくただの月曜日でしたが、ヨーロッパ、いや世界に激震が走った日、ということで、ベルリンでは記念祝意会が催され、アンジェラ・メルケル首相はもちろん、フランスのサルコジ大統領、ヒラリークリントン外相、かのゴルバチョフさんも来賓として出席されていました。壁をモチーフにした鉄の?板によるドミノもあり、テレビ中継では大雨のようでしたが、かなり盛り上がっていました。

私は、11月10日がテスト、というにも関わらず、テレビに数ヶ月ぶりに電源を入れ、その模様を鑑賞。
ベルリンは、5月と7月に私用でなく、団体行動でちらりを訪れた程度でしたが、ブランデンブルグ門は一回くぐりました。くぐったあたりに壁の跡のラインが残っており、

ブランデンブルグ門を背に行われた昨日の記念祝賀会の中でベルリン市長さんが言っていました。「ベルリンの壁は、単に東西ベルリンを分断していたのではなく、東西ヨーロッパをも隔てていた。ベルリンの壁崩壊は、その東西ヨーロッパの融合にとって非常に大きな意味をもつ出来事だった」と(言うような事を)。

この崩壊20周年が、ドイツで迎えられた事を嬉しく思うと同時に、ベルリンとここブレーメンの温度差も感じずには居られません。市民には取り立てて言うほどの感慨深さはなさそうです・・。
ということで、9日が終わり、10日のテスト。読解、リスニング、筆記・・。ここまではなんとか・・と思ったのもつかの間、口述で大コケしました。ううううううううう。ま、前回よりは落ち着いて受けられるようにはなったので、もう一歩かねえ。道は険し。
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